欲張りな王様

神話の時代、ハザーリャ神によって確立された死というものがまだ曖昧だった頃、悠久の大河の流れる地に一人の偉大な王様がいた。
王様は「泥と人間しか取れない」と言われた土地に、生活するためのさまざまな技術や知識をもたらしましたが、その最大の功績といえば、泥を捏ね上げて粘土板を作り、それに筆写する文字を考えたことに他ならない。


かつて、神の言葉(メドゥ・ネチェル)と呼ばれる八百万の文字は、書記や神官など、一部の特権階級が独占していた。
それは知恵の女神レーヴェヤーナが他の神々争いの知識を分け与えなかったように、文字という危険な武器を、分不相応な者が用意に扱えば、周りを傷つけ、その身を滅ぼしかねないからだ。


最近じゃめっきり見なくなったが、あの頃はまだそこら中に言語が溢れていた。物質として形而下に定着されたそれは、今でいうところの【具象言語】というやつだ。
何故最近じゃ見なくなったかというと、それは現実が言語に対する免疫をつけてしまったからだ。どんな貴重なモノも皆が持てば価値は下がり、普及すれば効果は薄まる。
ハザーリャによって死に束縛された【人類】は有限の存在となり、言葉もそれを扱う者に引きずられ、有限性を持つようになった。


そのことに気づいた王様は、すべての言語を自分だけのものにしようとした。世界を形作る要素たる神の言葉。そのすべてを習合し、この宇宙の総体そのもの、つまり神になろうとしたのだ。


王様は七百九十九万九千九百九十九の言葉を手に入れたが、最後のひとつ、その一字で世界そのものを象徴する要素、即ち【】だけは手に入れることができなかった。



所詮人如きには世界をどうこうすることなどできない、というケールリング世界観的な寓意に満ちた教訓話だと思われる。